【開催にあたって】         → ENGLISH
 2003年12月26日、イラン時間早朝5時28分過ぎ、イラン南東部のバム市において大地震が発生。死傷者は数万人に上り、世界遺産候補であった大遺跡「アルゲ・バム」も80%以上が崩壊するという壊滅的被害を受けました。地震発生以前から「日常のイラン」、そして「バム」の姿を撮り続けていた写真家・青山良(あおやまりょう)は、自らの神戸での被災の経験から、アメリカ同時多発テロ直前のイランのありのままの姿を表現した紀行ルポルタージュ「例えばイランという国 ―8人のイランの人々との出会い―(新風舎)」の著者・奥圭三(おくけいぞう)の同行のもと、震災直後の2004年1月、崩壊した大遺跡アルゲ・バムの地震以前の写真資料を欲していた現地機関「イラン文化遺産庁(Iranian Cultural Heritage Organization)」の要請を受け、アルゲ・バムの写真データ、そして阪神淡路大震災時に大きな被害を受けた宝塚市の子供たちからバムの子供たちへあてた激励メッセージとともにバムに入り、青空教室での授業を余儀なくされているファテミア小学校 Fatemia Primary Schoolを訪問。先生方から大変な感謝の言葉をいただくことができました。また、バムの子供たちから日本に対するお礼のメッセージや絵などもいただくことができました。
 子供たちからのメッセージはこちらでご覧いただけます。
日本の子供たちからの激励メッセージを受け取ったバム・ファテミア小学校の子供たち(2004年1月23日)
The children of Bam received encouraging messages from Japanese children at Fatemia primary school.    January 23rd 2004 


 帰国後、青山・奥の両名は、2004年の2月、3月に大阪と神戸の2会場にてチャリティーのための写真展「被災地バムからのメッセージ」を緊急開催しました。そして今夏8月には、本国イランの首都テヘランにおいても写真展「MESSAGES FOR BAM FROM JAPAN」を開催。同時に3度目の被災地入りを果たし、再びバムの現状、そして人々の表情をフィルムにおさめました。
 バム市街においては、崩壊した建物の瓦礫などはほとんど手つかずのままになっている感は否めず、半年以上たった今でも、全体的にはどうしても復興はまだまだ進んでいないという印象を受けてしまう一方で、街のメインストリートでは生活必需品である飲料や食料品はもちろん、子供たちのための玩具店や女性のためのブティック、また床屋が営業を再開するなど、生活に少しでも「日常の潤い」を取り戻すという活力にみなぎっていたように見えました。
 また、特にこの8月のバム訪問では、神戸のNPO「海外災害援助市民センター(CODE)」や「日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)」などの支援によって建設されたバムの子供たちのためのテント施設「AHKK」を中心に取材。子供たちが自由に訪れ、音楽や空手、絵画などを学ぶことのできるこのテントで献身的に働く現地のイラン人スタッフの皆さんに出会いました。子供たちが走り回る傍らで、彼らは笑顔で口々にこう言ってくれるのです。「日本のNPOの皆さんの支援によって、今の私たちがある。」と。日本発の支援活動は、現地の人々にとって大きな力となり得ていることを、私たちは再認識することができました。
 復興への道のりはまだまだ長い……でも、今回、私たちは、この境遇の中でもしっかりと前に進もうとする人たちの「気概」を直に感じ取ることができたような気がしました。今回の写真展では、遺跡「アルゲ・バム」や街の様子とともに、明日を見据え、復興に向けたエネルギーにあふれるバムの人々の「今」を伝えたいと考えています。
 最後になりましたが、写真展開催に当たり、ご協力いただきました皆様に、この場をおかりして厚く御礼申し上げます。
2004年11月9日
青山 良
奥 圭三





2004年11月9日(火)から神戸で開催された『青山良イラン写真展 被災地バムからのメッセージ』の記事が、毎日新聞大阪版11月7日付朝刊24面に掲載されました。
 



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